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議論の仕方を習ったことのない人はやっかいだということ

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あたしが小学5〜6年生だったときの担任・マツダ先生(仮名)は、クラスで話し合うとき生徒にたったひとつのルールを課しました。そのルールとは、“意見を言うときは、必ず理由を言わなければならない”というもの。これは鉄のおきてで、例外は許されませんでした。今にして思うとこれはすばらしい教育で、あたしはマツダ先生にものすごく感謝しています。

このルール下だと、「今度クラスのレクリエーション時間でどんなスポーツをやるか」なんて議題で話し合うとき、ただ各自で

「バスケがいいでーす」
「ソフトボールがいいでーす」
「ドッジボールがしたいでーす」

みたいに提案だけしていきなり採決ってのはダメなわけ。提案するには、絶対に「なぜ自分はクラスでこのスポーツをやるのがいいと思うのか」を言わなきゃいけないんです。

そうなってくると、「自分がバスケが好きだから」クラス全体でバスケをするべきだなんて言えないわけですよ。いくら小学生でもそれは身勝手すぎるとわかりますし、第一説得力もないから。そこでそれぞれが知恵を絞り、発言はこんな風になっていきます。

「バスケがいいです。理由は今体育でバスケをやっていて、練習すればみんなもっとうまくなれるからです」

これだと、もうちょっと体育の成績を上げたいと思っている子は「そうか、バスケいいかも」って思うかもしれませんよね。理由を述べることで、味方を増やせるわけです。

これに対する反論も、「自分がソフトボールを/ドッジボールをしたいから」みたいなものではなく、もう少し訴求力を考えたものになってきます。

「バスケよりソフトボールがいいです。バスケは体育でやれるんだから、レクリエーションではもっと違うことをしたほうが面白いと思います」
「ドッジボールのほうがいいと思います。ソフトボールは一度に18人しかやれないけど、ドッジボールなら全員でできるからです」

そしてさらに、こうした提案を聞いた子たちが、

「男女で腕力差があるからドッジはよくない」
「男女別々でやれば問題ないから、ドッジでいいと思う」
「女子だけでやってもボールをぶつけられるのは嫌という人もいる。だから、クラスが3グループに分かれてそれぞれやりたい種目をやったほうがいい」
「分かれて遊んだのでは、クラス全体の親睦にならない。だからどれか1種目に絞ったほうがいい」

等々、必ず根拠をつけて意見発表していくわけです。

こうやって丁々発止で説得し合ううちに、けっこうみんな、最初とは意見が変わっていくんですよ。「自分はドッジボールが好きだけど、当てられて嫌がる人がこんなにいるなら、バスケのほうがいいかな」とか。「ソフトボールがやりたかったけど、言われてみれば学校のグローブはボロいし数も少ないし、別の種目のほうがいいかな」とか。いろんな角度から意見とその理由を発表しあって、考えに考えて、意見が出尽くしたところで「では採決を」と持っていくのが、マツダ先生のやり方でした。

これが当たり前だと思ってたんだよね、小学生時代のあたしは。ところがいざ中学校に入ってみると、そこでの“話し合い”はこんなていたらくだったんです。

「バスケがいいでーす」(理由は不提示)
「ソフトボールがいいでーす」(理由は不提示)
「ドッジボールがいいでーす」(理由は不提示)
議長「はい、それじゃ決を採りまーす。バスケがいい人ー」(と、いきなり手を挙げさせて数を数える)

なんちゅう幼稚な意思決定方法だ、と12歳のあたしは思ったね。こいつら小学生以下かと。これじゃ各自がなにも考えずに“ぼくのわたしの好きなもの”を選んでるだけで、意見を交わしたり考えたりっていうプロセスがゼロじゃん。自分と違う視点に気づくチャンスすらなく、それぞれセルフィッシュに「(自分が好きだから)これがいいでーす」と手を挙げるだけで、こんなの何の意味があるんだよと。

でもねえ。最近思うんだけど、マツダ先生型の議論の仕方を義務教育で教えてもらえた人って、実は少ないんじゃないかしら。悲しいことに、あたしが行った中学でやってたみたいな“意見交換もせず、いきなり頭数だけですべてを決めちゃう”ことこそ多数決の原則であり民主主義であると思い込んでる人が、かなーり多いんじゃないかしら。

というのはさ、セクシュアリティ関連の話題で、性的少数者を否定するためにこういうことをしゃあしゃあと言う人が少なからずいるから。

人がたくさんいるのだから、その一人一人の意見を聞いていては先にいけないので、多数決で進行していく、国会でもそうですよね? 恐らく、常識って多数決で決定されていることだと思うんですよ。例えば、深夜に爆音をとどろかせて走る暴走族は非“常識”ですよね?  常識とはみんなが作った? 暗黙のルールだと思います。常識っていう言葉は個人的には好きではないけど、でもそれを無視して“個人の自由”の名のもとに、自分勝手に生活をしていいとも思わない。

               

     

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